Ghost like girlfriend

TestifyColumn

2018.11.23.PM18:05

来年の1月16日に3rd mini album「WINDNESS」をリリース、3月7日に渋谷WWWにて「WWW -WEAKNESS,WITNESS,WINDNESS」を開催する事を昨日発表した。
「Othello」のセルフライナーノーツと合わせてその件に関して書くだったけど、いざ発表してみると思っていた以上に思い入れがあった事に気づいた事から今日はライブに関して書こうと思う。

初めてWWWへ訪れたのは3年前の春頃。
事務所を辞めて間もない頃に同じ事務所の先輩にあたる人がワンマンライブをしていた。
以前自分の自主企画に出演してもらったり、たまにライブへ行ったり、それこそ今でも聴いているくらい好きな人で、スタッフさんに会う気まずさがあったもののそれを超える観たい気持ちがあったから足を運んだ。
ライトが凄く綺麗だったり、ライブの終盤で会場に紙飛行機が舞っていたり、何より今まで観てきた中で一番楽しそうにその人が歌っていたのが凄く記憶に残って、色々振り返りながらその場を後にした。

2度目にWWWへ訪れたのはそれから数ヶ月後の初夏あたりの頃。
20歳の夏に1日だけ、とあるライブイベントのカメラアシスタントのバイトをした時、そのイベントに出ていた大阪のバンドに一発で聴き惚れて、後日CDを買いに行ってそこから愛聴したり、いつかまたライブが観れたらなとちょくちょく動向を調べたりしていた。
そのバンドがワンマンライブをするという事でチケットを買って学校帰りに観に行った。
バイトの時は3曲しか演奏していなかっただけに、何倍もの曲数を目の前で聴けてより好きになってその日は帰った。

それからまた数ヶ月して夏も終わりに差し掛かって来た頃。
19の頃に知り合って、よく連絡を取ったりライブを一緒にやっていたバンドが初めてのワンマンライブをやるという事で、再びWWWへ訪れた。
初めて対バンした時、お互い無名な上にその日はクリスマスだった事も相まって片手で数えられるくらいの人数しか客席に居なかった。
それから2年、自分自身の状況はあの頃に毛が生えたくらいしか変わらず、片や彼らはあからさまにキャパオーバーな、何百という人数で会場を埋めていた。
盛大だったそのライブの終演後に挨拶しに行った時、気付けば緊張してしまっている自分がいて少し情けなさを感じながらも、でも会ってみると全く変わらない彼らの姿に安心したり、短時間で色んな気持ちを勝手に抱えて物凄く疲れたのを覚えている。

その反動か急に腹が減って、挨拶を終えたあとに共通の知り合いで音楽仲間だった友人と会場近くのお好み焼き屋へ行った。
ライブの感想とか言い合ったりしながらお好み焼きを焼いている中で、この数ヶ月やんわりと抱いていた夢にはっきりと芯が通った。
誰かに伝えておこうと早速向かいの席の友人に伝えた、それが「俺も2年後にWWWでワンマンをやる」という言葉だった。

それから大小限らず束のように、例えば27歳までに幕張メッセでワンマンがしたいとか沢山夢が出来て、その為にライブを増やしたり、自主制作盤の制作ペースを上げたりした。
自主制作盤の完成直後に今の事務所に声を掛けてもらった時、この先何がしたいか聞かれた時、真っ先に「まずWWWでワンマンがしたい」と答えた。
それから一ヶ月後に「WEAKNESS」の制作を始めた時も、大きな会場とWWWを思い浮かべながら作った。
レコーディングと並行して、今後どうしていくかの話し合いも重ねた。
少しずつライブに来てくれるお客さんが増えてきてはいたものの、このペースでは掲げたままの夢は叶えられないと正直薄々感じ始めていた。
自分を知らない人にライブで自分の楽曲の魅力を届ける自信がどうも抱けきれず、自分の楽曲を自分で殺しているような感覚になる事が当時増えてきていた。
ライブをする事は好きだったし、何より観に来てくれていたお客さんに支えてもらう事も多かった事から2ヶ月間毎日悩んだり引き続き話し合いを重ねて、最終的に一旦現状をほぼほぼ全て捨てる事を選んだ。
顔も姿もライブも一旦伏せて、音楽そのものに近い形になる事。
それが自分が唯一誇れる音楽を届けきりやすい形であり、沢山の夢を叶える為の最善策だと思って、「WEAKNESS」完成から数日後のライブを以ってライブ活動を休止した。
遅くなるかもしれないけど、音楽そのものに近い形として楽曲を届けて、色んな人に知ってもらってから授かった恩を返せる機会を作ろうと、つまりはワンマンライブをしようと思っていたから終演後は色んな人に「またね」と言った。

家で曲を書いて、「WEAKNESS」を発表して、それを機に色んな人と出会って、その兼ね合いもあって、結局あの頃言っていた2年後である2017年はすぐ終わっていってしまった。
年が明けて「WITNESS」の制作を開始、4月のある日に完成作業の為六本木へ向かった。
その日は、あの夢を掲げた時にワンマンをやっていた彼らがMステに出る日でもあった。
アルバムがやっと出来た、出し切ったという達成感に満ちながらも、帰り道にテレビ朝日の前を通った時、あの日と同じような色んな気持ちが混ざり切った心模様になった。
誰が良いとか悪いとか、そんな次元の話じゃないと分かりつつも自分の歩幅の狭さを恨む瞬間がその日から何度か顔を覗かせてきて困っていた。

どうすれば良いのか分からなくなってる頃に「fallin`」を聴いてくれる人が増え始めたり、そのタイミングで「WITNESS」から先行配信を徐々に始めた事から、知ってくれる人が急に増え始めた。
色んな人から楽曲の感想や励ましの言葉を貰う事も増えて、そのほとんどの最後にライブを待ってますという言葉も添えられていた。
ライブをやっていた頃のようにそういった言葉に活力を貰ううちに、聴いてくれている人たちに会いたいという気持ちが強くなっていった。
最後にライブをやった時、恩を返せる機会を作れるようになったらまたライブをやると決めていたけど、機会は誰かじゃなくて自分で作るものだと、抑えきれなくなった気持ちも以ってようやく気付いた。

そしてある日、以前から何となくやってはいたけど、真剣にワンマンを仮想してセットリストを組んだ。
組んでみて浮かんだ「ここでこんな曲が欲しい」というお題を元に、その日から1ヶ月の間に5曲作った。
つまりそれらはワンマンライブをやる為に作ったと言っても過言ではないという事で。

「WITNESS」発売から1週間後、次作に向けての打ち合わせの際にその5曲のうちデモが出来ていた4曲と、「こういう風な曲を今1曲作っている」というのを伝えた上で、改めて「WWWでワンマンライブをしたい」と伝えた。
そこから日程調整をしてもらって、晴れて今回のライブが決まった。

何年も抱いていた夢だから温めているうちに大きな夢の一つに気付けばなっていた。
自分なりの歩幅で悩みながらも進むうちに、会いたい人も会いたいと言ってくれる人とも出会えて、その上で夢にたどり着けたのは自分の中でも本当に大きい。
今までの忘れてしまいたいほどの悔いや悲しみや怒りが全部歯車と化してくれたようで、あれはあれで全部アリだったと言い切れそうな勢いをくれるくらいには大きい。

どれくらいの人に会えるのか正直想像がつかないけど、あわよくばもう一つ3/7に叶って欲しい事がある。
今まで満員の客席をステージ上から見た事がない。
この日に初めて見る事が出来たら良いなと思っている。

何はともあれ、少し遅れてしまったけど、もうすぐあの日から言っていた事が叶う。
それまで一生懸命に生きて、ステージ上で一生懸命に生きて、それを糧にそれからも一生懸命生きたい。
色んな夢を叶える為の口火を切るような1日にしたい。

ひとまず、これまで聴いてくれて、それを以って色んな事を気付かせてくれて有難うございました。
今回の念願のライブだって、その気付きが無かったらもっと先になっていただろうし、下手をすれば判断出来ずじまいで機会を逃していたかもしれない。
自分から「今だ」と思わせてもらわなかったら、「WINDNESS」というアルバムを作って、3枚のアルバムタイトルを取って「WWW」というライブタイトルにしようなんてアイデアも絶対浮かばなかった。
自分で名付けながらも、名付けてもらったような感覚がどうも拭えない。

これからも聴こうと思ってもらえるような曲を作っていくし、聴いてみたいなと思ってもらえるような人で出来るだけあれるように頑張るので宜しくお願いします。

3/7、俺は夢を一つ叶えるので良かったら観に来て下さい。
待ってます。

2018.11.23.PM21:08

back